メメントモリとは、ラテン語で「死を思え」•「死を忘れるな」という意味です。言わば死生観の事です。

では何故、今メメントモリの話なのか?
今人類は、世界中を震撼させているCOVID-19、いわゆる新型コロナウイルス感染症という脅威に対峙しています。有名人も続々と感染し、志村けんさんのように死に至る事が大いにありうる現在、東日本大震災以来の「人は生かされている」という思いに至るからです。
そして否応なしに死生観へと思いがどうしても至ってしまうのです。しかし、死生観を持っているかどうかで人間生き方がガラッと変わります。そこに気づく事が極めて大切なのだと思います。

人間にとって決して逃れられない真実、絶対の真理が三つあります。
1. 人は必ず死ぬということ。
2 .人生は一度きりであるということ。
3 .人はいつ死ぬかわからないということ。
どれも当たり前の事です。もし、貴方が医者から余命一ヶ月と宣告されたとしたらどう思うでしょう?もっと健康に留意していれば良かった。もう未来は無い、人生終わりだ。普通ならそう悲観する事でしょう。
でも余命が後30年あります、と言われたらどうでしょう?なんだ、案外短いけど未だ先の事だ。と気持ちを切り替えられることでしょう。
この違いは何でしょうか?時間の問題である事は確かですが、死に対する恐怖感の違い・切迫感の違いによるものではないでしょうか?
その恐怖感・切迫感を受け入れて覚悟が座った時、人は人生の密度・時間の密度が格段に濃くなります。一日一日、一瞬一瞬を大切に過ごす事でしょう。まさに今この時の瞬間を精一杯生き切る事で己を納得させるのでは無いでしょうか?
そして、この逃れられない運命を受け入れ、その事実には何か意味があるのでは無いか?己に何か使命を果たすよう何かしら大いなる物が与えているのでは無いか?
「使命観」、使命とは一般的な意味合いの他に、”命を使う”とも読めます。己の命をかけてでも何かに打ち込む責任がある。この覚悟。
この覚悟が備わった人間は真の魂の強さを備えるのです。これこそが強い死生観であると思います。
そして、この死生観を持った覚悟のあるリーダーはいかなる危機に遭遇しても泰然自若として物事を冷静に判断する事が出来るようになる。目の前のいかなる事象に対しても常に客観視出来る「解釈力」を身につける事ができるのです。

これが、我が師田坂広志先生の教えです。

言い換えるなら、リーダーや経営者は強い死生観を持つべきだという事なのでしょう。いや、人間である以上、皆持つべきなのかもしれません。

この境地に達するのは並大抵の事では無いでしょう。本当に死にかけるほどの究極の経験でもしない限り会得できないのかもしれません。田坂先生は若い頃本当に死にかけた経験があるそうです。だからこそ毎日毎日を「生き切って」翌日目覚めた時に、ああ今日も生きられる、有難うと素直になれた。
人は皆、今この瞬間が死と隣り合わせなのかもしれません。今居るこの空間から一歩外に出た瞬間、事故に遭って命を落とすかもしれない。それを意識しているか否かで人の死生観は違ってくるのでしょう。

この境地に私はいつ到達できるのだろうか?
また修行の日々が続きます。