「Devil's Advocate」という言葉がある。
直訳すると「悪魔の弁護人」。「敢えて反対の立場を取る人」という意味になる。キリスト教会が新しい候補者を聖者に加えるかどうかを審議するにあたり、意図的に反対者の役割を演じる人を設定して議論したことに由来する。
Debateの世界では、全ての人がどちらかの偏った意見に流れると、議論が進まないので、バランスを取るため、敢えて自分の考えとは違う意見を主張する人のこと、と定義付けられてもいる。
会議で議論をする際には、みんなの意見に賛成するのではなく、悪魔の弁護人になってみることにより、批判的に、「ちょっと待てよ、その意見は違うのではないか」と考えることは重要ではなかろうか。
しかし、何にでも反対するのではなく、「その意見は違うのではないか? なぜなら~だから」とロジカルに根拠を述べ、議論をより価値あるものにするのは、プロフェッショナルの義務と言えよう。
とあるコンサルタントのサイトで次のような文章を見かけた。
「コンサルティングにおける未開拓の領域として、取締役会・常務会といった経営意思決定機関の活性化がある。
株式会社の最高決定機関はもちろん株主総会であるが、専門性を持たない多数の株主が機動的に専門的な意思決定を行うのは不可能であり、取締役会・常務会に実質的な決定機能を委託するのが普通だ。しかし、その取締役会・常務会の機能も形骸化している企業が多いようだ。活発な議論によって優れた意思決定をしたり、トップの独断・暴走を防いだり、といった本来の役割を果たせず、規則上仕方がないから実施している、あるいは書類上の取締役会で済ますというのが実態だ。これは、不祥事を起こす問題企業だけでなく、優良企業と賞賛されている企業でも同様だ。優秀なトップが独断で決めているだけで、経営陣全体として良い決定をしている例は少ない。
私も何社かの取締役会・常務会に同席させていただいたことがある。やはり例外なく議論はお粗末である。司会役と審議案件の説明者を除くと、しゃべるのはトップだけで、ほとんどの役員は神妙に聞いているだけだ。情報共有という意味はあるかも知れないが、忙しい役員が時間を割いて月に何度も集まる価値があるのか、非常に疑わしいというのが率直な感想だ。」
我が業界団体の会議の風景とまったく同じ様相を呈しているので、自虐的に失笑してしまった。
しかし、笑ってばかりではいられない。
プロフェッショナル集団の会議であるからこそ、参加するメンバーは、無為に時間を費やすことに執着せず、業界の明るい未来を指向し、より活性化させるべく討論に望む覚悟と責任が求められるはずである。
会議中は、プロフェッショナルとして議論に貢献できているか?と自分に問いかけるべきであろう。
■会議は貢献するために出席する
■あえて反対意見を述べることによって議論を深める
この二つのテーゼを胸に刻み、会議に参加してほしいものである。
しかし、更に突き進んで、先ほどのサイトでは次のような提言がなされたようだ。
「私は「悪魔の弁護人」を指名するよう助言した。
・・・
反対意見を述べる者の出現を待つのではなく、「公式に指名する」というのがポイントである。人は、他人と違う意見を表明するとき、強い心理的抵抗感を覚える。とくに相手が自分より目上だと抵抗感が強まり、よほどの信念がない限り「まあ、ここはおとなしく済ませておくか」ということになる。「悪魔の弁護人」を指名によって、参加者全体の反対意見を述べる心理的負担を減らすことができ、多面的な意見が表明され、議論の質が深まる。」
公式に「悪魔の弁護人」を指名するとは目から鱗!
これは是非とも採用してみたい方法だ。
直訳すると「悪魔の弁護人」。「敢えて反対の立場を取る人」という意味になる。キリスト教会が新しい候補者を聖者に加えるかどうかを審議するにあたり、意図的に反対者の役割を演じる人を設定して議論したことに由来する。
Debateの世界では、全ての人がどちらかの偏った意見に流れると、議論が進まないので、バランスを取るため、敢えて自分の考えとは違う意見を主張する人のこと、と定義付けられてもいる。
会議で議論をする際には、みんなの意見に賛成するのではなく、悪魔の弁護人になってみることにより、批判的に、「ちょっと待てよ、その意見は違うのではないか」と考えることは重要ではなかろうか。
しかし、何にでも反対するのではなく、「その意見は違うのではないか? なぜなら~だから」とロジカルに根拠を述べ、議論をより価値あるものにするのは、プロフェッショナルの義務と言えよう。
とあるコンサルタントのサイトで次のような文章を見かけた。
「コンサルティングにおける未開拓の領域として、取締役会・常務会といった経営意思決定機関の活性化がある。
株式会社の最高決定機関はもちろん株主総会であるが、専門性を持たない多数の株主が機動的に専門的な意思決定を行うのは不可能であり、取締役会・常務会に実質的な決定機能を委託するのが普通だ。しかし、その取締役会・常務会の機能も形骸化している企業が多いようだ。活発な議論によって優れた意思決定をしたり、トップの独断・暴走を防いだり、といった本来の役割を果たせず、規則上仕方がないから実施している、あるいは書類上の取締役会で済ますというのが実態だ。これは、不祥事を起こす問題企業だけでなく、優良企業と賞賛されている企業でも同様だ。優秀なトップが独断で決めているだけで、経営陣全体として良い決定をしている例は少ない。
私も何社かの取締役会・常務会に同席させていただいたことがある。やはり例外なく議論はお粗末である。司会役と審議案件の説明者を除くと、しゃべるのはトップだけで、ほとんどの役員は神妙に聞いているだけだ。情報共有という意味はあるかも知れないが、忙しい役員が時間を割いて月に何度も集まる価値があるのか、非常に疑わしいというのが率直な感想だ。」
我が業界団体の会議の風景とまったく同じ様相を呈しているので、自虐的に失笑してしまった。
しかし、笑ってばかりではいられない。
プロフェッショナル集団の会議であるからこそ、参加するメンバーは、無為に時間を費やすことに執着せず、業界の明るい未来を指向し、より活性化させるべく討論に望む覚悟と責任が求められるはずである。
会議中は、プロフェッショナルとして議論に貢献できているか?と自分に問いかけるべきであろう。
■会議は貢献するために出席する
■あえて反対意見を述べることによって議論を深める
この二つのテーゼを胸に刻み、会議に参加してほしいものである。
しかし、更に突き進んで、先ほどのサイトでは次のような提言がなされたようだ。
「私は「悪魔の弁護人」を指名するよう助言した。
・・・
反対意見を述べる者の出現を待つのではなく、「公式に指名する」というのがポイントである。人は、他人と違う意見を表明するとき、強い心理的抵抗感を覚える。とくに相手が自分より目上だと抵抗感が強まり、よほどの信念がない限り「まあ、ここはおとなしく済ませておくか」ということになる。「悪魔の弁護人」を指名によって、参加者全体の反対意見を述べる心理的負担を減らすことができ、多面的な意見が表明され、議論の質が深まる。」
公式に「悪魔の弁護人」を指名するとは目から鱗!
これは是非とも採用してみたい方法だ。