夜更けの思索者

土地家屋調査士・行政書士・CALS/EC RCI 橋本伸治のブログです。仕事に関する記事や日頃感じているエッセイなど熟々と書き綴っています。

2010年02月

最近のIT業界では「クラウド」がキーワードのようである。
クラウド・コンピューティングとは、データやソフトウェアの所在を意識することなく、いわゆるインターネットの向こう側、すなわち「Cloud(雲)」の中に移し、必要に応じて取り出して、使った分だけ料金を払うという形態を言うらしい。
雲の向こう側は必ずしも1社ではなく、かつユーザーはその先をあまり意識しない点が新しいとのこと。
その「雲」の中心になろうとしているのが、Salesforce.com、amazon、Googleなど。
もっともGoogleのCEOですら、クラウドの定義はわからないと言う。

今日PCに一つのプログラムを組み込んだ。
dropboxというソフトだ。
今までオンラインストレージサービスと言えば、フリーでネット上にレンタルスペースを提供するだけだったが、この「dropbox」というサービスは、専用クライアントソフトを利用した高機能なファイル同期・バックアップシステムという点なのだ。

例えば今まで会議があると、資料をUSBメモリーに格納してノートPCを携えて行ったものだが、このdropboxを使えば、ネットが利用できる環境であれば、常に同期をして事務所のデータをやりとりできる。いずれかのデータが更新されれば、意識することなく最新のデータとして同期されてしまう。そのデータのやりとりもPC上にできた専用のフォルダに入れるだけ。更に複数の人間で共有することすら可能だという。
これは非常に便利だ。しかもフリーで2GBまで使えるのだから・・・

これこそがクラウドの典型例であろう。
まだ英語版しかリリースされていないが、難しいインストールではないので、超お奨めです。

興味のある方はこちらへどうぞ。
https://www.dropbox.com/

日本語での解説はこちら。
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2008/11/13/4371


その他にも
EvernoteとかTwitterとかフリーの魅力あるサービスがどんどん出てきている。
サービスの無料化は大変嬉しいところだが、むやみに利用するのではなく、目的を持って利用しないとサービスに振り回されるだけだろうね・・・

「過日、ユング派の臨床心理学者である
 河合隼雄氏と対談したときのことです。

 これまで何十年にもわたって
 数多くのクライアントの「夢分析」を行なってきた
 河合氏が語った言葉が、心に残っています。

 『人は、
  夢を追い求めて生きているうちは幸せなのですが、
  その夢を実現してしまうと、不幸になるのですね。』

 いつもながら、
 微笑ましいユーモアを交えての氏の語りでしたが、
 我々の人生における一つの逆説を、
 軽やかに、しかし、鋭く洞察したこの言葉が、
 心に残っています。

 なぜなら、この不思議な逆説は、
 我々が心に抱く「夢」の
 本当の意味について、
 大切なことを教えてくれるからです。

 「夢」とは、人生を幸せに生きるための「目標」ではない。
 「夢」とは、人生を幸せに生きるための「方法」である。

 この逆説は、そのことを教えてくれるからです。
 そして、そのことを学ぶとき、我々は、
 なぜ、我々の心が、
 あの言葉に不思議な安堵を感じるのか、
 その理由に、気がつきます。

 「見果てぬ夢」

 それは、もしかすると、
 我々が抱くべき「夢」の
 最高の姿なのかもしれません。

 2005年1月27日
 田坂広志 」

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僕が尊敬する田坂広志さんのエッセイを引用しました。
ここで紹介されている河合隼雄さんもまた、僕が心理学を勉強する際の師と仰ぐ方であり、先年残念なことにお亡くなりになった方です。

今、紛争が何故人々に起こってしまうのか、
その謎を解く研究をしています。
一口に紛争と言っても、国同士の紛争から民族間の紛争、組織間の紛争、個人間の紛争と、その範囲はとてつもなく広い。
しかし、紛争が起きる一番の理由は、敢えて突き詰めて表現するなら、なにかしら得たいと願う「夢」があるから・・・ではないのでしょうか?
その夢を実現させたいがために自己を最優先させ他を排除してしまう
そこに紛争が起きてしまう・・・

でも結局、
河合博士の言うところの「夢を実現してしまうと不幸になる」という逆説は、人間の愚かさを端的に顕しているとも言えます。

夢を見ることは自然のことです。
むしろ、そこにこそ人間が存在し続ける価値があると言っても良い。
しかし、その夢をどうやって実現させるのか、させるべきなのか、そこに想いを到らせないといけないのですね。

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