夜更けの思索者

土地家屋調査士・行政書士・CALS/EC RCI 橋本伸治のブログです。仕事に関する記事や日頃感じているエッセイなど熟々と書き綴っています。

自分の蔵書を改めて見直してみると、何故かマッキンゼー関係の書物が多いことに気がつく。かなり昔から意識すること無くマッキンゼー関係本を好んで読んでいたようだ。
マッキンゼーとは、McKinsey&Companyのことで、シカゴ大学経営学部教授のジェームズ・O・マッキンゼーにより設立された、アメリカ合衆国に本社を置く大手コンサルティングファームである。その規模は世界最大に迫るほどであり、卒業生は9万人を超え、そのビジネスボリュームは20億ドルを超える(ただし世界一ではない)。日本にも支社がある。

何故マッキンゼーを好むのか?
日本人も数多くマッキンゼーに就職し、その後独立して日本の第一線で活躍しており、割と身近な存在であったこと、大前研一氏がマッキンゼー日本支社長を長年勤めていて、彼の書物を読む機会もあったので昔から認知していたこと、コンサルタント業界に漠然とした憧れがあったこと、などが挙げられそうだ。また、ADRセンター長を務めていた時期、問題解決スキルの勉強をする際にマッキンゼーの戦略思考法が大変参考になり、更によく読むようになったことも挙げられる。

先日のエッセーでも、コンサルティング力を培う必要性を述べた。マッキンゼーの卒業生は惜しみなくそのスキルに関して書物を出したりセミナーを開催したりと、学ぶ機会があふれている。
大前研一氏の著作で最初に買ったのが「企業参謀」「続企業参謀」という本である。マッキンゼーを意識する前に買った本なのだが、「企業参謀」は1985年出版で今から35年前の本でありながら、実にコンサルティングのエッセンスを余すこと無く披露していて、今読み返しても未だに様々なインスピレーションを与えてくれる良書である。

コンサルタントという職業に特に資格は必要ないらしい。強いて言えば中小企業診断士くらいであるが、自分が今コンサルタントだと名乗って仕事をしても、それはそれで一端のコンサルタントである(社会で通用するかは別として・・・)。

世間には実に様々なコンサルタントが存在する。
トップクラスとしては、マッキンゼーなどの外資系戦略コンサル、野村総研や三菱総研など銀行・証券・IT系コンサル、船井総研や日本生産性本部などの日本式経営コンサルなどがあり、人事や教育・研修コンサル、また巷には個人的な結婚コンサルや相続コンサルなどもいて、まさに多種多様、百家争鳴状態である。因みに私も相続コンサルタントを自称することがあり、汗顔の至りである。

さて、そもそもコンサルタントはどのような思考法を持っているのだろうか?
当然クライアントは、彼らが抱える悩み・問題を解決して欲しいと依頼をしてくるわけだが、コンサルタントの解決に到る思考プロセスは次の通りのようである。

① 解決すべき課題=イシューを決める(クライアントの依頼内容)
   ↓
② 課題を整理して構造化する
   ↓
③ 現場で情報をリサーチする
   ↓
④ 解決策の仮説を立てる
   ↓
⑤ 仮説を検証する
   ↓
⑥ 解決策を決定する
   ↓
⑦ 解決策を実行する

コンサルタントによると、一般人は、問題を解決する際に、問題の要因を分析する迄は行うが、そこから短絡的に解決策を決めてしまい、失敗する傾向が大きいと指摘されている。専門家コンサルタントは必ず”仮説”を立て、それが実行可能か、解決に到る最も有効な策であるのかを徹底的に検証する。この仮説を立てる事が極めて重要だというのだ。検証には様々なフレームワークの手法を使う。特にマッキンゼー社では「マッキンノート」と言われるノート術・ノート思考を使いこなすのだそうである。
ノートの取り方一つとっても、そこには様々な叡智が結集されており、実に興味深い。検証のレベルに応じて数種類のノートを使い分ける。常にエンドゴール(最終解決策の提示)を意識してノートを取る。漫然ととりあえず書くなどしていると、先輩コンサルに叱られるそうだ。手を動かしてノートを取る事が脳を刺激し活性化させる。その時は常に最終解決策は何であるかを意識し模索しながらノートを取るのだそうだ。

こういったコンサルタントの思考法を、我々の業界では行ってきたのだろうか?
少し考えてみる必要があるだろう。

昔から読書は好きだった。何より本に囲まれた環境や雰囲気が大好きで、私にとって図書館は最高の場所である。大学時代は国会図書館や日比谷図書館に通ったり、神田神保町の古本屋街をよく徘徊していたものだ。
法学部の学生にとって法律書は大抵高価品である。何故こんなにも高いのだろうか?怒りが湧くほど高い。本を買うためにアルバイトをしたりしていた。
今で言うなら本オタクなのかも...

ところで、読書のペースは月7〜10冊程度。基本的に多読乱読・並行読書主義である。すぐに読まなくても興味がある本は即買いだ。後でやっぱり買おうと思って書店に行くと売り切れてる事がしばしばあったので、後悔しないためにも即買主義である。古書となれば尚更である。
自宅では手が届く範囲に、例えば寝室・トイレ・リビング・応接間、また車中にも、実に色んなジャンルの本を置いている。置かれた場所によって読む本のジャンルを敢えて変えている。文学・詩歌・哲学・歴史・政治・経済・英語・心理学・数学・科学・物理・医学・天文学・音楽<専らJAZZ論>・古城物・趣味関係等々....(高校時代は剣道部と天文部の二足の草鞋を履いていた。古城はヨーロッパの城と日本の城と両方が好きだ。)
が、仕事関係の本はプライベート・スペースには置かない。この手の本は事務所だけに置いて、読む時はひたすら集中して読む。事務所応接室は結構な図書館状態である。

よって、本の購入数は半端無い。昔々の独身時代は引っ越し魔だったのだが、引越し業者から文筆家ですか?と言われる事度々。段ボール箱の半分以上が本だった。流石に結婚してからは捨てるだろうと思いきや、未だに蔵書数は増え続けている。妻も呆れてる事だろう。
買うお金にも限界があるので、ブックオフはよく立ち寄る。以前からチェックしていた本を見つけた時の喜びは大きい。速攻で買ってしまうので、二階の寝室もちょっとした図書館状態になっている。いつか床が抜け落ちなければ良いのだが...本気で少し心配している。
そして、本を購入する時の一番の悩みは、この本を買ってあったか忘れてしまってる事だ。余りにも買う本が多すぎるので、とても覚え切れない。いつか読もうと同じ本を複数回買ってしまったりしていた。半分ボケているのかもしれないが...

そんな時にちょうど良いアプリを見つけたので今は大変重宝している。
Studyplusというアプリで、書籍バーコードをスキャンすると簡単に蔵書登録が出来るのだ。

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しかも、スタンバイ・勉強(読書)中・完了(読破)済 の仕分けも出来るので、とても有難い。
このアプリのおかげで重複して本を買う事が無くなった。ジャンル分けも簡単に出来るのでとても助かっている。

読書の方法論と言ったジャンルの本もよく読む。斎藤孝氏の本が参考になっている。目次を拡大コピーして、気になるフレーズを記録していく方法である。簡単に要点ノートとなるので便利だ。
更に、自己啓発系のような参考になる本の場合はMind Map(Mind Treeとも言う)化する。これも専用のアプリがあるので役立っている。Mind Vector がお勧めだ。キーワードだけでもMind Mapにすると視覚的な把握が出来て、より一層理解が深まる。

最近はペーパーレスで本が読める。kindleで本を買うと割安なのでたまーに買っている。Amazon Prime会員だと新刊本が10冊まで無料で読めるので最近はこちらも利用している。
ただ、読書する時はやはり紙のページを指でくくりながら、ページを捲る感覚を感じながら読み進める方が、何故か記憶に残り易いようだ。ここはあくまでアナログに拘りたいと思っている。





AI(artificial intelligence 人工知能)は今や人間に身近な存在となっている。
スマホでは音声アシスタント入力が当たり前となり、我が家ではAmozon Echoが家族の必須アイテムとなっている。LINEでは「りんな」というバーチャル女子高生(今は卒業して歌手と画家になってるらしい笑)が暇な人の話し相手になってくれる。
そのAIが将来人類の仕事を奪うのでは無いかと叫ばれて久しい。
2013年、英オックスフォード大学でAI研究者のマイケル・A・オズボーン准教授が、カール・ベネディクト・フライ研究員とともに発表した論文『雇用の未来—コンピューター化によって仕事は失われるのか』において、将来「消える職業」をリストアップして、全世界に衝撃を与えた。


その「消える職業」の中に、測量技術者が含まれていたことから、土地家屋調査士業務も将来消滅してしまうのではないかと危機感を抱くきっかけとなった。
その後2015年に野村総研からも同様の発表がなされ、測量士がAIによる代替可能性のある職業とされ、危機感に拍車をかけた。

果たしてAIの将来性は如何なものなのか?
2013年の論文に刺激され、ここ数年、AIに関する書物を読み漁ったり、日本でAIの第一人者の一人である東京大学松尾豊教授(https://weblab.t.u-tokyo.ac.jp/)の講義を聴いてみたり、オンライン学習機能に参加したりと、少し個人的に研究してみた。いわゆるシンギュラリティ(技術的特異点)の到達によって、AIは人類の知能を凌ぐと言われている。予測ではその到達時期が2045年らしいので、今50歳代以上の方は取り敢えず余り影響を受けなさそうではある。が、研究や技術が進むに連れ、その到達予測時期が前倒しになる可能性もあるという。人間の脳を真似たニューラルネットワークを深層化させた「ディープラーニング(深層学習)」というシステムも今や聞き慣れたワードとなり、更なる進化へ突き進んでいると言う。
医療の世界はAI化が最も進んでいる分野の代表例である。癌の診断など画像解析処理に関わる分野はAIが最も得意とする領域だ。自動車の自動運転技術も研究が進み、実用化が見え始めている(交通事故におけるディーラー側の法的責任の課題がクリアーできるかの問題はあるが・・・)。音声識別システムは10年前とは格段に進化した。単に人の音声を識別するだけではなく、その意味を考え、対応するフレーズを自発的に発し行動に移行するのだ。もうひと昔のSF映画が実現している。

では、隣接する各士業の反応はどうであるか?
AI
特に定型文書の作成に重きを置いている司法書士・弁理士・行政書士・税理士・社会保険労務士の危機感は極めて高い。弁護士にしても安穏としてはいられない。既に膨大な判例をAI化し導入した法律事務所も出てきている。
ビッグデータの入力が完成しさえすれば、定型業務をメインとしている職業は、AIによる代替可能性が一気に進むだろう。

逆に、中小企業診断士は生き残る士業と言われている。何故か?定型業務では無くコンサルティング業務をメインとしているのでAIが苦手とする分野のようだかららしい。どうやら「コンサルティング」が生き残る為の本質の一つのようである。

では土地家屋調査士はどうだろうか?
登記申請業務自体は代替性が極めて高く、いずれAIに取って代わられるだろう。ドローンや3Dレーザースキャナー等測量技術の進化によって、現場測量も人の手を介する事が無くなり、自動機械化による代替可能性が高くなるであろう(測量士が消滅する要因でもある)。建物調査や現況測量などはAI化が確実に進む領域である。何も夢物語を語っているのでは無い。確実に実現の方向へ進んでいる。
生き残るとしたら、筆界確認の立会業務や、不動産利用に関するサポート業務、境界紛争事件代理業務(筆特・ADR)などでは無いだろうか?
筆界確認業務における隣接地権者との折衝や現場での意見調整(ミニADRと言われる)の交渉力、不動産の有効利用に関するサポート力のスキルはたやすくAI化されにくい。
突き詰めるならば、「コンサルティング力」を今以上に研ぎ澄まし、AIには代替不可能な迄のスキルへ高めることが、我々土地家屋調査士が生き残るキーワードとなりそうだ。だからこそ、今40歳台から若い世代の会員には、日々の忙しい内業外業にだけ追われるのではなく、ADRにおいて培われるような交渉力やコミュニケーション力、そしてコンサルティング力を是非とも身につけて欲しい。その為のセミナーへは自腹を切ってでも積極的に参加していただきたい。

ただ、AI全てを過剰に敵対視する必要は無いだろうと思う。AIを有効に利用する視野も必要である。先例・通達・境界判例などでのビッグデータはAI化を促進するだろう。また筆界認定の技術的スキル(鑑定能力)は、鑑定事例のビッグデータ入力によってAIによるシステム化(筆界の自動判定)が進むだろう(既に実施に向けた研究が一部で行われている)。将来的にはこれらを我々のツールとして利用することも視野に入れて置く必要があるだろう。

できれば、会員研修でも「AI」をテーマとして企画したいと考えているが、講師の選定に手間取っている。近い内に是非とも実現したい。

因みに、私はコンサルタント関係の本を読む機会が多い。

昨日の定時総会において、恐れ多くも栃木会第14代会長に推挙され、承認可決をいただき就任させていただきました。
15年前に当時最年少の理事、それもいきなり総務部長を拝命しつつ、途中本部役員からエスケープに成功してADRセンター長の道を突き進んでいましたが、その時は将来よもや会長職を拝命するとは思ってもいませんでした。
しかしこの重責を一度受けた以上は全身全霊をもって務める所存です。
 
と、普通ならこう杓子定規的挨拶を述べるのであろうが、私なぞが会長で良いのだろうかと素直に思う。
まぁ昔ほどツンツンとんがっては居ないと自覚はしているものの、旧態依然を最も忌み嫌う性分であり、改革すべきところは断行するをモットーにして来たので、少し荒療治に及ぶやもしれませぬ。
なにせ栃木県民は極めて保守的な県民性であり、若い頃から流浪の旅を続けてきた自分から見ると、なんともまぁ、かなりぬるま湯に漬かり切っているのでは?と常々感じて来ていた私です。
今や批判は多いが、潰れかけていた日産を見事に復活させた稀代のコストカッター、カルロス・ゴーンほどでは無いにせよ、批判を承知で改革を行う気は満々也・・・

しかしである。
そこに真のリーダーは存在しないのではないか。

私にも少しはリーダーとしての自覚があるので、トップが自らプレーヤーになる愚は十分承知しています。役員の皆さんに助けてもらわないと会長一人では何も出来ません。
リーダー哲学についても、これまでにそれなりに学んできてはいるが、未だに自分がリーダーとしての資質を持ち得ているのか?と自らに問うのである。

何かに導かれて会長にさせていただいたのではなかろうか。これも天の配剤であろう。270の会員の皆様に感謝の気持ちを持ち、役員としてご協力いただける方に感謝して、これからの二年間を務めさせていただこう。役員の方がいかんなくそのポテンシャルを発揮できるよう、言うならばオーケストラの指揮者の感覚で会長職を全うしていこう。そういう考えに及んだのです。
この気持ちが欠けているとリーダーとしては失格なのだと感じる。
その意味で、総会で新会長の挨拶の言葉として、会員皆様の分身として会長職を全うしていきたいと述べさせていただいた。

また、他力本願という言葉の本当の意味。
世間一般的に使われる意味は「他人任せ」という無責任さを指すことが多い。
しかし、本来は宗教的な由来がある。他力とは如来の本願力なり(親鸞聖人)。つまりはどんなトラブルにも折れない強い心を言うのだそうだ。役員の仲間と一緒に、仲間を信じて、強い心をもってこれからの2年間を突き進んでいければと思う。

実務的には、マクロとミクロの両方の眼を持つ事も肝要。鳥眼と魚眼を使い分ける術が求められます。言わずもがなですが、鳥眼とは物事を上から俯瞰して見て判断するバーズアイ、魚眼は目の前の事象を広い視野で見渡すフィッシュアイを意味します。
更には短期・中期・長期の各ビジョンを打ち立て、政策実行する力も問われるでしょう。特に今調査士業界は深い低迷の時代に突入しつつあります。日本という国自体が低成長時代となり、少子高齢化に伴い不動産に対する絶対評価が減退し、いずれ不動産登記と言う枠組み自体に変容を迫られる時が必ず来るでしょう。そのX dayを想定して未来の調査士がどうあるべきかを問い続けなければならない。
国の政策にも大きな変化をもたらす事が十分予想されます。座して待つのみでは無く、果敢に様々な提案を行うことが必要であり、その為には私たち土地家屋調査士自身が変わらなければなりません。旧態依然の調査士像では未来に通用しないと心得るべきでしょう。

また、会長職を次代の役員へ手渡せるよう人事教育の視点も必要ですね。ADRセンター長時代はワンマンでやりすぎて、次のセンター長を育てられなかった反省があります。よくよく肝に銘じなければなりません。 




 

最近,facebookやらtwitterやらへのコメント書き込みがなんとも億劫でならない。自分の公開日記のつもりが,他人に見て貰いコメントバックして貰うことを意識しすぎているようで,己を愚かにすら想う。
ということで,久しぶりにこちらのブログを更新してみようと思った次第。

ブログで政治色の話をするのは極力避けてきたが,今夜は敢えて少し触れてみたい。

安倍内閣による安保法制問題では,憲法学者やSEALDsの面々が異を唱え大騒動になったにも関わらず,強行採決に至った。
しかし,賛成派の報道が大々的に取り上げられた記憶が無い。どうやら公正を旨とする日本のメディアは基本を忘れているように思えて仕方ない。ある番組は偏向報道ではないかと問題視すらされている。

憲法を学んだ法学部出身者としては,憲法解釈論からして違憲の匂いがプンプンする法制定であったと思うが,戦争法案やら即徴兵制に結びつく法案だとする安直な批判には賛成しかねる。法律の中味を良く吟味もせずに感覚的な批判が大勢を占めていたのではないかと思う。
憲法第9条第2項を公権解釈でいかようにも変更することが出来るとすれば,これは明らかに権力の暴走であり,立憲主義を根幹から否定する暴挙であることは疑いを挟む余地は無い。一方で,主に中国による領海侵犯を座して待つということも主権国家の自殺行為であろう。その防御のためにはなんらかの「策」を講じるのは政府の極めて重く最優先の責任である。その意味では安保法制の制定趣旨そのものはむしろ賛成である。
しかし,その「策」の講じ方がいかにもまずかった。
政治的な思惑があるとは言え,第1に国会以外の他国(=アメリカ)の議会で法制定を約束してしまったのは,総理の大ミステーク。どうも日本の政治家は海外に出るとリップサービスにご執心のようで,とんでもない発言をしたがる。これが国内世論に火を付ける事は素人でも分かる事なのだが,海を渡ると霞んで見えてしまうのだろうか?
第2に,妙な理屈やスライドを使って安保法制の必要性を誇張したのは逆効果であった。素直に外国の侵略を許さない断固たる覚悟を示せば良かっただけである。
第3に,何故憲法改正論議が頓挫したのであろうか?最初は改憲を目指すと公言していたではないか?初志貫徹を覆すよほどの圧力(外圧というべきか)があったのでは?と推測される。
理にかなった法は国民の信を得る。しかし誤魔化し・屁理屈では信を失う。
総理は自らの信念を全うする覚悟があるなら,正直に真摯に国民と向かうべきである。それが名宰相への道であると確信する。
また権力の恐ろしさを最も良く肝に銘じるべきである。権力に胡座をかいてはいけない。それは自らの政治生命を奪う。
歴史はそれを物語っている。
安倍総理の信念は崇高で我が国の誇りとも言えるものであると信じたい。
長期安定政権を目指し,日本という超平和国家を安寧な道へ誘うなら,どうか自分に正直であって欲しい。
少なくとも,科学大国日本が「ナンバーワンである必要があるのか?」という愚問を発する政党に政権奪取されることがあってはならない。

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